カレイなる日々

51歳、仕事やボランティア活動、親の介護を通して感じたことを書いてみます。
加齢なる日々になるか、華麗なる日々になるか?

グループダイナミクス

今日、注文していた雑誌が届きました。特集「グループの力」。この雑誌で取り上げられているのは、主に治療や支援のグループですが、あらためて〝人が集まることで生まれる力〟について考えさせられます。

私はどちらかといえば、人の集まりはそんなに好きではありません。そのわりには、野球、吹奏楽、武道(武道の世界は個人競技であっても縦横つながりが密です)、アマチュアイベント主催などやってきたので、心の奥底では人が集まることで生まれる力に、惹きつけられているようです。私にとっては、二、三十代で経験した引きこもりや鬱から解放されたのも、文字通り〝グループの力〟抜きではありえませんでした。追い追い、このことも書いていく予定です。

どこも人手不足!

知りあいが出していた手作り通信が最終号を迎えた時の挨拶。「スタッフの高齢化により〜」という文言に「どこもそうなのか」とタメ息をついてしまいます。

仕事場でも人手不足の声はあがっていますが、ボランティアグループの場でも人手不足。ただ、仕事先の人手不足とちょっと違うのは、私が関わっているボランティアグループには所属している人はわりといるんだけど、グループ運営のような役割をやる人は少ない、いつも同じ人たちがやっているという構図…。昔はそれなりに〝先輩後輩〟のしち面倒くさい流れがあったものですが、そのぶんグループは安定していました。最近は〝対等な関係〟になったぶん、グループの存続も危うくなるとはいったい、どういうことでしょうか?こういう傾向って、他のことでも感じています。

「孤独死」ってコワい?

私には〝こうなったらコワいなー〟ということはいろいろありますが

「孤独死」に関してはあまりそうは思いません。

「孤独死」すると後片付けをする他の人が大変そうなので、そこは事務的にもちゃんと手配はしておこうと思います。現在はパートナーがいますが、入籍はしていませんし、したところで、では「孤独死」しないかというとそれはわかりません。子供がいないので「孤独死 」する確率はかなり高くなります。ですが、10代から30代までをひきこもり・鬱病・希死念慮で過ごしてしまったせいか、孤独真っ只中がどういうものか知らないわけではないし、そんなに毛嫌いするほどコワいこととは思わないんです。もともと一人っ子ということもあり、一人に慣れていることもちょっとは関係あるかもしれません。ただ、八十代の親や、パートナーにああいう孤独感は味わってほしくないなと思います。送る側でいたいなというのが、今のところの大きなワガママなんですが。

(画像は、元気な時に散歩に出かけた母)