カレイなる日々

華麗な加齢を目指していますが?。最近は残りの時間があまり多くはない親とのかかわりを中心に書いています。

在宅介護の覚悟

母の容姿が、父の亡くなったあとは

さながらビフォアアフター

調子を崩したこともありますが

老けこみ方がすごく。


あと、以前とはちょっと違うキレ方をすることがあります。

たとえば、

台所でやかんを沸かしていると目眩がするとか言うので

お湯を沸かすのは、電気ポットを使ってもらうようにしたのですが、

私が、ガスコンロを電気コンロに買い替えようとしていると決めつけて

「好きなようにはさせないわよ」と凄んだり、


母が気に入っているぬいぐるみ。


冬になると、

Yおばさんの手編みの赤いチョッキを着せているのですが

それが見当たらなくなり

私が勝手に捨てたということになっているのです。


記憶力に関しては

目立って気になることは無いのですが


これから

何が起こっても不思議ではないのです。


「家族の介護には限界がある」

とも言われます。


怖いような不安と

ヘルパーさんを頼んだりしながら

限界までかかわりたい気持ちと。


いえ、今のところ

これでも希望に燃えているんです。


それは、私が仕事でかかわらせてもらった方たちから

「人間、極限状態でもどうにかなる!」

っていうのを見させてもらったからかもしれません。

メリークリスマス🎄

いろいろありましたが

パートナーがお見舞いに来てくれて

母の肩揉みもしてくれました。



スーパーの抽選でケーキが当選


ケンタッキーフライドチキンで

ささやかにクリスマスイブでした

悲喜こもごも


10年ほど前の冬、Yおばさんが亡くなりました。

八十代で独身でした。こたつで眠っている時に…。

ヘルパーさんやヤクルトの人が不在を民生委員さんに伝えてくれ、母が様子を見に行くと…でした。

Yおばさんは、生涯看護師(当時は看護婦)でした。

北海道の日赤から看護婦人生が始まり、

簡単でしたが遺書のようなものもあったので

僅かながら、死後日赤に寄付もしました。


お墓は本人の希望もあり

京都にある独身の人専門のお墓に。


法事には、Sおばさんも来ました。

すごく元気そうでした。母も。



あれから10年ほど経って


Sおばさんに、父が亡くなったことを伝えるかどうか母と話しました。

Sおばさんの娘のM子ちゃんが、伝えてもいいと言うので伝えました。


そうしましたら、

3日おきくらいに

お悔やみとかお香典が続々と届くようになってしまい😓


妄想でも

私が遊びに行ったことを喜んでくれているようで


子供の頃、私もSおばさんの家に行くのがすごく楽しみでした。


なんだか

嬉しいけどせつない


2017年の年の瀬です。