カレイなる日々

華麗な加齢を目指していますが?。最近は残りの時間があまり多くはない親とのかかわりを中心に書いています。

父との別れ③

一週間前、まさかこの日が忘れられない日になるとは。


この間に父の葬儀を行いました。


実家のそばに家族葬専門の葬儀屋さんがあり、実は前からここでするつもりでした。

母のお友達が利用したことがあるので、そういう意味でも安心でした。


父の兄弟は、一番若い叔父でも77歳なので

そんなに参列者はいないだろうなと思っていたら


父の兄弟ご夫婦、従兄弟たちもほとんどが参列してくれて

80代の叔母も本州以外の地から一人で駆けつけてくれたりと

子供の頃の法事さながらに一族が揃い

これだけの人に送ってもらえて、父も幸せだと思いました。


アフターお通夜では、式場に宿泊した叔父夫婦と私と母で父のぶっちゃけトークに花が咲きました。

私が知っている父は、圧倒的にステテコ姿で

そして、実は、父があまり家にいた記憶がありません。

父は高度成長期をモーレツに働いていた世代でもありました。


なので、他の人から聞く父が

意外と英語の歌がうまくて、飲み屋でモテていた、紳士だったそうなので

私は表舞台の父を知らないままだったんだなと思います。


私は長らく放蕩子供でしたが、そのわりには

最後の数年は、不思議のベンチでコーヒーを一緒に飲んだり

充分なかかわりはできたと思っています。



I Left My Heart In Sanfrancisco (霧のサンフランシスコ)